友人の葬儀に参列した。火葬場にもー
「骨となった」まさに、友人の一生のおわりである。
肉体が滅びて、友人の残した、曲や影響は、わたし
にとって鮮明になった。
足跡は、残るもののようだ。そして、多少の変化を
もたらし次代につながっていくようである。
自分の教育の仕事は、友人のように曲となってのこる
ものはなく、塾生の中に即座に消化され変容してしまう。
それでも、何かの形になると信じている。願っている。
そうしないと、やっていけない仕事である。
私にとって、塾生、万歳である。
2014年04月26日
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