ことが間々ある。
今回のプロ野球西武球団の大久保前コーチが、雄星投手への
暴力とかでコーチを解雇された。
事情は部外者なのではっきりしないが、大久保前コーチは、仕事
上、選手を一軍に昇格させよう、強く上手くなるよう彼流で二軍選手
を鍛え上げようとしていたに違いない。
その過程で、ちょっとした手違い、感情優位の状況、彼流が通じなかった中で、本意ではなく坂道を転がるはめになって、職を失う結果が生じた。飯の種を失うにである。
スポーツ界にありがちな罰、暴力、上下関係の威圧体質が大久保前コーチの仕事観のなかに善として染み付いていたふしもある。
コメントの中に「コーチとして不適切な行為はなかった。」としている。
「コーチとして」である。
いずれにせよ「転がり」はじめた。
「転がり」は、危うい状況にあるとき。自分は安全と思っていても
地盤が緩んでいたり、足元が狭かったとき、背伸びしている時、
周囲の人を自分と同様と思ってしまう、唯我独尊状態の時など
「ちょっと」したことで「転がり」が生じる。そう、気持ちよく走っていたり
自分の能力以上に全力で走っている場合も冷静な判断はできず
転がる危険がある。
8分の能力発揮で水準を上回ることは、自分には到底できない
マグロ的人生を送る自分にはいつも「転がり」が待ている。
深淵にいる感覚である。
ダイエットしつつ仕事に打ち込んでいた大久保前コーチの胸の張り
ある姿に茨城フアンとして希望を見出す。
「野球命の人頑張れ」・・・・・・・・