2011年02月23日

「発表」

 昨日、千葉県立高校の前期入学試験の発表があった。
塾生の成績は、75%の合格率であった。例年に比べ、同率と云って
いいほどであるがやや下がっている。
 合格した塾生を見ると、例年思うのであるが、学校、塾、家庭で
学習してきた塾生は「さくら咲く」であり、素直さが前面に出ている塾生でもある。
 よって、素直に、真っ直ぐに学習を続け塾生は自分の思う希望校の合格出来る可能性は高いと、日頃から塾生に伝えているところである。しかし、中には、家庭では全く学習しなかったり、集中力を欠き
学習をしてきた塾生はやはり合格できなかった。それが、30%に繋がった。涙をのんだ塾生の、フォローをすぐさま開始し後期テストに備えている。
 本人達も流石に前向きだが、真剣さがでるまで最後の最後まで
指導をつづけてたい。
 「いつもこの日になると、素直が一番と強く思う」
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2011年02月22日

「不登校」

 千葉県の不登校児童は、(2月7日発表)826人、同生徒は、
4485人である。
 小学校では、一校につき一人、中学校では一校につき10人となる。しかも、増加の傾向にあるという。
 統計上の人数であるから、これよい少ないことは考えにくい。
 如何せん、中学校は、長欠生徒(1カ月以上)が7015人
存在し不登校予備軍となっている。
 特に、中学校の不登校生徒の多さは、憂慮に値する。
 このことは、本人の精神力、学習能力、生活能力、両親や学校の育成能力の低下、社会の希薄な人間関係、風潮などが複雑に
絡み合って生じている結果であると考えられる。
 何といっても、学校が魅力あるもでなく、諸々の人間関係に価値
を見出せなくなっているのかも知れない。
 すなわち、先生の価値、学校価値、友人の価値、親の価値、
自分の価値が低下し、命の価値でさえ薄れ掛けている。
 登校するに値する、価値が見出せなければ、動きがとれないの
かも知れない。
 この価値を高めるには、日々の学習によって、価値を見出す力を
つくり出す力を蓄える必要がある。
 当塾は、知識は勿論、洞察力、観察力を作り出し高い価値
を見出す塾生の育成に努めたい。
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2011年02月11日

仏心と育心(造語)

 日本宗教思想史専門の明大の先生が、信心とは、念仏や題目を
唱えることによって生じる仏心のことであるとしている。
 普通にいう「信心」とは、親鸞においては「聞く」に置き換えられ、念仏や題目をひたすら聞き唱えることによって仏心が生じるという。
 すなわち、「自分と他人との個性の違い、自分と他人の共通点
が見えたり、自分と他人の間に超えがたい深遠を感じたり、自分と他人との共感を得たり」する。といった心の変化が生じるという。
 ではここで、教え、教わるといった教育活動をするなかで、ひたすら自分と塾生との間で指導が行われることによって、相互の超えがたい
ものや状況を感じたり、分かった、理解できたといった相互の共感を
得たりすることの中に、仏心ならぬ「育心」が生じるような気がする。
 単なる知識の豊富な者が知識や思考の方法を巧みに教えたり、高みに構える講師からの指導からは、「育心」は生まれず、
子弟相互の信頼や人間的伸長はうまれない。その証拠に、この数十年間学校教育や教育産業の努力の結果による社会的進歩、
心的豊かさは生じず、むしろ教育産業の影響を受けずに育った
人のほうが社会に貢献しているように思う。
 真摯に塾生と向き合い、教育活動をする中で「子弟の相互育心」「自己育心」を目指すことが自分の置かれている立場と心得はじめている。年齢の差や能力の差、知識の差、経験の差などない。
 日々の出会いが始まりであるから。
posted by 東葛MAXゼミ at 19:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月06日

「親切と感謝」

 良く親切にしてもらうと感謝の気持ちが湧いてくる。
しかし、自分の親切心を満たすための押し付けがましい親切は、何故か感謝の念が薄くなる。
 本来、どんな形であれ「親切」は自分にとって助けになる部分があるので感謝しなければならないかもしれない。が、押し付けがましい
親切には閉口する。
 いままで、閉口した経験は少ない。感謝することがほとんどである。
 ここで、翻って自分が親切だ思ってしている行為をみると、あまり感謝されないことが多い。
 たとば、指導において、土曜、日曜特訓と称して、無料で実施しているが、あまり感謝されていないように思われる。
 それは、やり方が塾生のニーズを汲み取っているかに見えてそうでない場合いに起こりやすい。やる気のある者、課題がはっきりしている塾生はよいが、友達がやっているから、塾長が来いというのでという形は
徒労に終わる。
 指導料を頂く形にちても、保護者や塾生の納得のいった指導の
方が感謝される場合いが多いという。他塾では・・・・
 感謝とは、人間相互関係の正常化の中にあるようである。
 また、感謝は無償の親切の中でしか生まれないかも知れない。

 
posted by 東葛MAXゼミ at 12:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

「同級生」と半日

 昨日、所要があって久しぶりに同級生と会った。
お互い年輪を重ねた印象は一瞬感じられた。彼は、白髪であった。
経済的には、小さいが2代目が継ぐ企業の会長で問題ないが、苦労したのかかもしれない。しかし、すぐに若からし頃に戻り、話題も人生の一番燃えていた時代の話になった。
 目は若い頃の輝きもどり、口調も滑らかであった。話題は国政、市政、教育、経済、登録商標、人生経験、スポーツ、職業、宗教論と多岐に及んだ。今の生活に話題が移ってもやりたいことは、起業の話であったり、一人暮らす自宅をアンチーク風に改装し人が憩う空間しようと思っているらしい。
 実際に自宅に招かれたが、その感が強かった。ベンツも暗い車庫
にあったが、隅々まで整頓、清掃が行き届いていた。
器用さやまめさは変わりなかった。実に、思いの実行と実現をする同級生に変わりはなかった。年輪は重ねてはいるが青春をしている感が
強かった。ある詩人が「青春とは希望を持ち続けることだ」と云って
いたがその通りだと思った。
 互い、まだまだ「やりたいことをを持っている。」・・・・そんな半日で
あった。また、ステンドグラスの輝く部屋で元気で同級生の数を増やし会うのが楽しみである。出してくれたクリ―ム餡蜜も・・・・・」
 4時間も会話し、健康の話がなかったのも青春している者の証拠であった。
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2011年02月03日

「心のブラックホール」

 宇宙にはブラックホールなるものが存在するらしい。
超重量のため光子さえ飲み込んでしまうらしい。
 先日、若い講師と話をしていて、塾生が「あの先生に教わりたい」と
思わせることが大切なんだ。「人を引き付ける人間だ」ということになった。 そうしたら、若い講師が「心にブラックホールを持つことですね。」
といった。一瞬「暗部を持つか?」と連想したが、そうではなく、目に見えないが、人を引き付けるものとして表現したと思い直し感心したわけである。
 若者らしい発想である。
 心のブラックホールを持ち、人を引き付けるならば確かに豊かな生活が過ごせそうである。
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2011年02月02日

「ある日本画家の一言」

 東大寺の襖絵をこのほど描き上げた日本画家の言葉に
「ことさらに対象を見つめる」とあった。
 夏の朝蓮池の花を日にちと時間をかけて見る。
 冬の日、鳥海山を年をかけて見る
 そして、描く。  そうである。
「ことさら見る」教育も正に「人をことさらに見て感じる」必要がある。
 自ずと指導のあり方が見えてきて、それを実現しようとする弛まぬ
努力と実践が生まれる。
 
posted by 東葛MAXゼミ at 02:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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