勉強の思い出、運動会、修学旅行、市内の陸上、水泳、マラソン
大会での活躍、絵画、作文、書写、毛筆展、理科研究などで賞を貰ったことなどびっしり書かれていた。
また、00チャンが好きだった。などと、異性を意識した文章もあった。中でも、私に対する文章もあった。「先生と掛けて何と解く、その心は幽霊と解く、どちらもおっかない。」などと文末にあった。漫画もあった。半分鬼で半分わらい顔の私の顔を描いた者、今であったら、
体罰のあった教師と教育委員会に電話されるような「ビンタされた」
の記述がお世話になったといった感謝の文章と共にあった。保護者の
コメント欄にも感謝である。今では考えられないことでもある。
自分には、全くその児童手を上げた記憶はなかった。
一番感動したのは、文集の作文と児童名にふれると、ひとりひとりの
顔や年格好が鮮やかに思い浮かぶ。目つきや声まで蘇る。困った顔
嬉しい顔、口を尖らせ話しかける動作まで蘇る。不思議である。
4、5、6年と受け持った児童は、顔つきや容姿の成長まで浮かんでくる。記憶の玉手箱が開かれた感じである。次から次と浮かんでくる。不思議である。一人で夜中に笑っている自分があった。他の人
からみたらなんだろうと思うかも知れない。