2010年08月12日

「精神性 2」

 精神性が行動や仕事、芸術家の場合は作風に現れる。
 松尾芭蕉の人気が現代も衰えないのは、芭蕉の精神性の高さにあると観ている。
 宇宙を、「荒海や佐渡によこたふ天河」とうたい、22文字に認める自然への精神性は高い。
 一方で、「閑さや岩にしみいる蝉の声」といった、究極の閑を感じ
表現する深い精神性を持っている。
 自分も教育に携わる者として、人に対する感覚を研ぎ澄まし、
自分の精神性を高めて生きたい。
 塾生の微細な行為を逃さない、敏感の感覚は塾生を想う気持ちの強さから生まれると信じ、精進したい。 精神性の高揚の為に・・
・・・・・・
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Fw: 「高校野球」


----- Original Message -----
From: takeo tuchiya
To: ブログ更新用
Sent: Wednesday, August 11, 2010 5:09 PM
Subject: 「高校野球」


 高校野球の魅力が今日も出た。
 仙台育英と開星の試合である。仕事の関係で飛びとびの観戦
であるが、9回表の攻防である。二死、ランナーなし、得点5対3守る
島根開星のリード。ピッチャーはホームランを打ち気を良くしている。
誰しもこれで終わると思った。その時、ピッチャーが勝利を確信したかのようなう薄笑いを浮かべた。これが、勝利の女神を手放すことになる。私にも「何かが起こる」と予感させた。一生懸命に真摯立ち向かうスポーツに起こりがちな逆転のドラマである。
 結果、6対5となった。仙台育英がリード。まだ分からない。一生
懸命さが残っている9回裏。こんどは、開星の攻撃,ランナー1,2塁一打逆転のチャンス、2アウト、外野を抜けようかといった痛烈なライナーをそれをファインプレーで再逆転を阻止したのも一生懸命な仙台育英の三瓶選手である。流れを変える油断、阻止する懸命さ、
そして、ラッキーボーイの存在がそこにはあった。
 この筋書きのない奇跡的ドラマは、ひたむきで理不尽な練習を耐えた高校球児によって毎年生まれる。
 だから、高校野球は魅力がある。
 東東京大会の決勝戦、修徳と関東第一戦でも、3点リードの修徳の選手が、「これは勝てるぞ」といった雰囲気を見せたところがら
逆転敗退。勝利の女神は、敏感である。
 実力の違いはあるが、 諦めたり、油断したり、過信したり、
基本を忘れたり、直向さを失ったとき落とし穴がある。
 高校野球に見るドラマが人気があるのは、見るものに爽やかさ
を与えるだけでなく、人生の追体験に繋がっていくことも含まれて
いるかのようにも思える。
 勝敗は重要だが、郷土愛をくすぐり、試合の展開に驚かされる。
 優勝校には、品格が必要である。品格が出ないと優勝は難しい。
 まだまだ高校野球が楽しみだ。どんなドラマをみせるのか?
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2010年08月11日

「精神性 2」

 精神性を高く持つことは、人が持つ特質のような気がする。
 人は皆、精神性を高め、精神的に豊かであろうとする。何故なら、
精神的に豊かであると安らぎのある生活が出来るからである。
 お金がないと豊かな生活は、できにくいかも知れないが、お金
がなくとも結構安らいだ生活はできる。しかし、精神性が枯渇すると
不安や自暴自棄に陥ったり、人間関係が取れなくなり孤独になって
生活が貧弱となっていく。
 お金持ちが一層お金に走るのは、お金に縛られ精神性が枯渇
していくからである。
 「お金持ちが、天国に行けるのは、象が針の穴を通るより難しい」
と言われており、物は(お金)持てばもつほど不安に繋がるからで
あろう。
 ところが、高い精神性は、持てば持つほど生き方が豊かになる。
本当のこと、真実、自然が見え感じることが出来るからである。
 本当のこと、感動、歓喜は、高い精神性によって体感できると
と思っている。
 自分は、凡人であるが、自分レベルを超えつつ精神性を高めたい
と考える。そうすると、人が寄る、寄れば心と物も豊かとなる。
 そのために、お袋の言った言葉を実践することだ、と考えている。
「目の前の、自分に与えられた事を成し遂げなさい。」そうすれば、
英雄になれる。と・・・・・・・
 英雄、自分の存在価値を感じること。すなわち、自分の精神性を感じることとなり、精神の新たな高み、広がりに繋がる。
 このことが、周囲が見え、新しい感動となって自分に迫ってくる。
 飽きることの無い人生の展開である。
 「一本の草木に存在価値を見出し、塾生の金切り声似た一言に耳を傾け、一動に現況を見出す。」
 こう在りたいと願望しつつ、おふくろの言葉を思い出している。
 お盆が近い・・・・・・・・・・・
 
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2010年08月10日

「精神性」

 「神と繋がる精神性」という言葉を聞いた時、なるほどと思った。
釈迦、キリスト、ムハマドなど神と同一視されるほどの精神性を持った
人がいる。
 日本においても日本の宗教史や日本人の心を形成し仏に近い精神性を得て、そして、残してきた、弘法大師、伝教大師、親鸞、日蓮などがいる。
 新興宗教を起した、いわいる教祖と呼ばれる方々もまた、高い神や
仏に近い精神性を持っているに違いない。
 そうでなければ、多くの人の精神性を高めることができない。
 NHKの放送で、紹介された孤高の画家、吉田堅治さんも神に近い
精神性を有していたとされている。
 私などは、高い精神性をもってはいない。センスもなく努力もしてこなっかた。
 しかし、教育に携わる者として、今の精神性より高める必要はありそうである。
 精神性を高めて、職務にあたることによって、勉強以外の出来事に対応できそうである。
 では、精神性を高めるとどんな利点があるのか。
 このことは、次回に考えていきたい。
posted by 東葛MAXゼミ at 01:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

「戦争」

 間もなく終戦記念日がやってくる。
戦争と聞くと、「戦争は、人を炭にする。」と思っている。
こらまで、ショックな状況は沢山あったが、その中で小学校のとき、戦争の報道写真の中に、まっくろになってまるでやけた木の枝のように、ひとがごろごろ横たわっている写真を見たときのショックはきつかった。
 人がまるで炭である。生きたまま炭である。
 東京大空襲で自分の家が焼かれたと同じ、東京下町の写真
である。いまでも、戦争と聞くと、その写真が脳裏の映像となる。
 戦争反対は、この一枚で十分である。
 しかし、人間は、世界のどこかで戦争している。・・・・・
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2010年08月04日

「転がり」

 人生には、ちょっとしたことで、本意で無い方向に転がってしまう
ことが間々ある。
  今回のプロ野球西武球団の大久保前コーチが、雄星投手への
暴力とかでコーチを解雇された。
  事情は部外者なのではっきりしないが、大久保前コーチは、仕事
上、選手を一軍に昇格させよう、強く上手くなるよう彼流で二軍選手
を鍛え上げようとしていたに違いない。
 その過程で、ちょっとした手違い、感情優位の状況、彼流が通じなかった中で、本意ではなく坂道を転がるはめになって、職を失う結果が生じた。飯の種を失うにである。
 スポーツ界にありがちな罰、暴力、上下関係の威圧体質が大久保前コーチの仕事観のなかに善として染み付いていたふしもある。
 コメントの中に「コーチとして不適切な行為はなかった。」としている。
「コーチとして」である。
 いずれにせよ「転がり」はじめた。
 「転がり」は、危うい状況にあるとき。自分は安全と思っていても
地盤が緩んでいたり、足元が狭かったとき、背伸びしている時、
周囲の人を自分と同様と思ってしまう、唯我独尊状態の時など
「ちょっと」したことで「転がり」が生じる。そう、気持ちよく走っていたり
自分の能力以上に全力で走っている場合も冷静な判断はできず
転がる危険がある。
 8分の能力発揮で水準を上回ることは、自分には到底できない
マグロ的人生を送る自分にはいつも「転がり」が待ている。
 深淵にいる感覚である。
 ダイエットしつつ仕事に打ち込んでいた大久保前コーチの胸の張り
ある姿に茨城フアンとして希望を見出す。
 「野球命の人頑張れ」・・・・・・・・
posted by 東葛MAXゼミ at 02:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

「無駄」

 今、全国では、花火大会やお祭りが盛んに実施されている。
花火など数秒で何万かのお金が散り、一晩で何億のお金が無駄に
なっている。
 お祭りもしかり、膨大な時間と費用が掛けられている。利潤の考え
から言えば、かなりの無駄な部分が多い。
 事業仕分けといって、税金の無駄使いをなくすことが政府の力で
行われている。
 確かに、無駄なことが沢山ある。実態の薄いところに税金をつぎ
こんげいる。最近は、本人が死亡しているのに、実態をチェックせず
年金を何十年と払い続けている役所もある。
 しかし、ミスによる無駄は論外であるが、社会において多少の
無駄があることによって物事がスムーズいく場合が多い。
 個人的人生においても、失敗を重ね、無駄であった時が多い
ような気がする。
 しかし、この無駄が経験となって次の成功への鍵となる。
 こうなると、花火も地域の活性化に連続し、お祭りは、神への
感謝と豊穣への手ごたえを感じ、地域の伝統文化の継承となって
お金に変えられない地域社会の充実に繋がっている。
 こうなると、自分が無駄に思っていることでも状況においては
無駄でない働けるものとなって行くものと考えられる。
 結局「無駄の無い」ものはないかもしれません。
posted by 東葛MAXゼミ at 02:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

「理科の自由研究」

 今日は」、中1年理科の自由研究のアドバイスをした。
湿地の草植物群と平地の草植物の違いと、根っこの違いを
現地に行って調べた。
 その時、改めて思ったことは。
 根の形は、葉や幹の形と同じであること。当然、道管、師管のつながるところが枝葉となるから当然といえば当然であるが・・・・
 ここで思うことは、「人間も根っこが(基本)大事だ。」とよく言われているが、正にその通りと思った。
 基本、根っこの部分、主根が太く枝根がしかりしている植物は、大きく、蔓延る範囲も広い。太陽を土地をしかり捉えている。
 人も、基本である所の、礼儀あり、前向な姿勢、明朗な性格、
素直で健康なる人物として、、根っこが出来て人物は、樹相ならぬ
人間性が豊かでる。生命力溢れ花咲く植物には、蝶も、蜂も集まっていた。当然、豊かな人間には、人や物があつまる。
 根っこがしかりした、自分や講師陣をつくりたいと、塾生と野外活動
をしながら思った、夏の暑い日曜であった。 
posted by 東葛MAXゼミ at 01:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

「雰囲気」 2

「彼は、勝ちそうな雰囲気を持ている。」とか、「彼は、出来る人間らしい。」とか「彼からは、やる気を感じない。」とか、人の持つ雰囲気、
集団の持つ雰囲気などは、他の人には良く感じられるようである。
 人は、この雰囲気を必ず出しており、他の人には、この雰囲気
は感じられるわけである。そして、他の人は、関係を持つか、持たないか判断してくる。

 よって、自分の持つ雰囲気を大切にし、他人に好感を持たれるよう
努める必要がありそうである。
 この雰囲気づくりは日頃の努力、行動、精神の陶冶、健康維持
に繋がっているように思う。
 生まれつきの品の良さも在るかも知れないし、生まれつきの才能
によるかもしれないが、大半は本人のこころがけや努力に負うことが
多いような気がする。
 教育の仕事をやり続け、教育の道の者としての雰囲気をつくりたい。
 今の教育界で先生らしい雰囲気が薄れていることは大きな損失
である。
 雰囲気は、それに係わる人に変化を与えるからである。
 教育にかかわる者、児童生徒の前に位置するとき、畏敬の念を
を持たせる雰囲気を持ちたいものである。
 
posted by 東葛MAXゼミ at 03:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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