2010年07月29日

「地図」と感覚

 地図を見ていると、特に日本地図や自動車地図、観光地図を
見ていると飽きない。
 特に地形が浮かぶ地図はなおさら想像力をかきたてられる。
 つい最近も高速道路マップをみていてら、新潟県村上市の西、日本海に浮かぶ、粟島なる島が気になり、インターネットで島の様子
を調べてみた。
 周囲40キロ程度の小さな島であるが、海産、観光、の盛んな島らしい。
 ホテルはないが、民宿が盛んである。風光明媚、西に荒荒しい奇岩と日本海、東に、漁火温泉から磐梯朝日岳、南東に飯豊山は見えるはずである。
 地形も、西と東とでは違いが大きく、日本海の風雪の凄さをものがたっている。
 縄文遺跡、アイヌ民族の居住の痕跡はあるようで人間の生活の歴史は古そうである。

 他にも、釣り人からは、鯛つりのメッカとして知られているいるような
気がする。
 自分は知らなくても、その道の人には知られているなってことは沢山
ある。だからおもしろい。
 岩舟がら高速船で1時間足らずの位置にあり、千葉からは、午前中に入れそうな距離である。名所旧跡は確かによい、名所てもないし釣りもしないが、凡々たるスポットであるような気がするも、近々いってみたくなった。感覚的に「魚介類」の食にお金を賭けそうである。


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2010年07月20日

「冠」への道「素直さ」

 プロゴルフの石川遼選手がザ・オープンでタイガーウッズと並ぶ2アンダーで24位になった。
 若干18歳である。
 テレビで4日間のプレーを見ていたが、崩れそうで崩れず、日本人
トップの成績であった。
 でこぼこのコース、ポテトチップスのようなグリーン、深いラフ、出にくいバンカー、強風と冷たい風に耐えた。
 あの精神力は、成人のゴルフ選手でも持っていない、いや、失ったものであると見た。

 何が、そうさせたのか、体力、技術、経験、コースマネージメント、
精神力どれをとっても他の選手も持っている。
 石川選手と同じ決勝ラウンドの残った、70人近い世界のトッププレイヤーの方が上手である。
  石川選手の力は「素直さ」「それを表現できるセンス」である。と
思った。この武器を失った時、普通のプレイャーとなる。
 日本で前人未踏の成績94勝を上げ、今も現役の63歳、
尾崎将司 選手のプレイやゴルフへの取り組みは正に青年そのもの
素直さの塊である。
 幸運にも、今回の大会で現役を引退する世界のゴルフ界の新帝王トム・ワトソンと一緒に回った、石川選手は、こうのようなメッセージをもらったという、「君はすぱらしいプレーヤーだ。何も変えなくていい。
すばらしスイングをしている。」と・・・そして、18歳の少年はぽろぽろ
涙した。
 石川選手は、幸運さも持っている。「このまま真っ直ぐ素直に進みなさい。」とも受け取れるメセージを大先輩から貰っている。
 やはり、「素直さ」が武器である。
 しかし、この素直さも、大人(父親)の手により曲がりかけている
余りにも多くのコマーシャルに出すぎている。商業ベースに嵌っている。
 ゴルフは、自分と自然との融合を図る必要がある。素直な姿勢でないと道筋が見えないかも知れない。駆け引きが多い商業は目を
曇らせる。
 20勝程度は大丈夫かもしれない。しかし、50勝以上を誇る中島
常幸選手や世界の青木選手にはなれない。
 応援していますよ。石川選手。
 学習も素直な塾生は、必ず伸びる。いつも感じている。事実である。素直さも育成したい。
 

 
 
 
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2010年07月13日

「真意」

 人と人の間で、真意がほぼ完全な形で伝わることは稀である。
「理解は誤解である」と言い放った人もいる。
 確かに、人それぞれの理解力や知識、経験、イマジネーション等
で物事を理解、納得する。よって、人によって違うのである。
 自分の真意と思うことを他の人伝えても、捉え方の違い、理解の深浅が働き、その人の捉え方、内容は違ってくる。
 よって、その違いを修正し合い、真意に相互が変化させるのが、
コミュニケーションである。
 人には、このコミュニケーション能力が存在する。この能力の
核は聞くことにある。
 真意を知るには聞くことから始まる。 
 
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2010年07月12日

言葉の力

 「ペンは剣より強し」という諺があるように、ことばの力は強力」で
ある。
 今回の参議院議員選挙でもそれが如実に出た。
日頃から、国民の納得すような発言をしていた、渡辺代表
のみんなの党が躍進した。
 発言がぶれた菅総理の民主党は後退した。
 当然、発言の裏には行動があり、発言と行動が相俟って、
国民や人の信頼を得ることになるわけであるが、ことさら発言は
重要である。
 私も、学校、病院、福祉施設の責任者としてこれらの経営を
してきたが、一番いけないこと、職員を不安にすることは、経営方針
や「長」の考えや行動がぶれることであった。
 どんな良いことを云っても「人や社会」を損得なしに真に思う心
や考えがないとぶれてしまう。
 「ぶれは芯(心、真)がないから」である。
 
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2010年07月09日

「才能」

 人の才能を語るとき、「才能がある」「才能が無い」とよくいう。
その時、語る状況をしっかり捉えないとおかしくなる。
 成績について話しているときは、学校の学習についての才能であるし、運動の結果につて語る時は、運動における才能である。
 当然、絵画など芸術につての才能である。
 人には、ある分野では、優れた才能を持っているかもしれない。
 たいがいあるような気がする。持つ才能が花開くのは、本人の
気づきと努力、周囲の承認、継続である。
 花開くと、周りは「才能がある」という。
 こうなると、多少の凹凸はあるが誰しも何かしら才能があるようで
ある。
 塾生も自分の才能が現れる道に進んで欲しい。好きな道で・・・
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2010年07月06日

「晩疳」

 天草に住む高校時代の友人が「晩疳」なる柑橘類を送ってきた。
大きさは夏みかんとほぼ同じ大きさである。
 味は、淡白であるが、実を取り出し冷やして食すると爽やかな甘みが広がる。夏の日の果物として喉を潤しいくらでもいける。
 以前にも記録したが、表皮は、マーマレードのようにして食すことが
できる。何となく健康に良さそうな気がする。
 友人の思いを全て受け止めようとすると晩疳の皮までジャムと
なる。
 そのうち間もなく、北海道の友人からは、日高山系の山菜が料理され届く。その際はまた記録したい。
 千葉でも数ヶ月で特産の梨ができ、友人に送れる。
 日本の風土は、まさに水の王国、豊かである。その中で、高校時代の仲間が南北中央で暮らす。
 塾生も高校時代の友人を大切にして、日本の風土を楽しめると
良いと思う。
 友を大切にする心を育みたい。
posted by 東葛MAXゼミ at 01:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

「のため」の人生

 ベテラン女優の淡島千景がラジオで語っていた中で、心に引っかかった言葉があった。

 それは、「のため人生」であったと言うのである。なんのことかと
引き続き聞いていたが、「誰かのために尽くした人生であった。」と
いうのだ。なるほど「〜のための人生」というわけだ。
 言い換えれば 「尽くしの人生」というわけだ。
 確かに、「のための人生」が送れたら素晴らしいことのように思う。
 「尽くしの人生」は、自我が薄いので、自我が残らず、完全燃焼
できるからである。
 しかし、「のため人生」は、人間力、即ち、人に役立つ人間力
がなければ、人の為に役立つことができない。
 その人の人間力があればの話であるが、よって、塾教育においても
知識と共に、助け合いの精神を育成する機会を探っていきたい。
 人生を豊かにするにはやはり心が問題だからである。
posted by 東葛MAXゼミ at 01:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月02日

山が笑う

 今の時期、関東甲信越の山は、深緑でもくもくしている。
 それは、それは木々というより、深緑の雲が、山を覆っているようで ある。特に、朝のその様子は、生命に溢れている。
 この様子をどう表現しようと長年考えていたら、つい最近知って
納得した。
 「山が笑う」と言うのだそうだ。「山が笑う」うまく表現したものである。
この「山が笑う」は日本特有のもののような気がする。
 「山が笑う」ような大きく、包み込むような、安らぎの深緑を湛えた
人物を育てたいものである。
 日本は、本来「山笑う」ような人物が生まれ、世界的になっても
よいはずである。
 教育が、この点人物を小さくしているのかも知れない・・・・・
 
posted by 東葛MAXゼミ at 01:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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